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大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)7566号 判決 1982年8月30日

原告 高杉峯敏

右訴訟代理人弁護士 藤田恭富

被告 栗原嘉右衛門

右訴訟代理人弁護士 石田一則

同 南逸郎

主文

一  被告は、別紙物件目録(一)記載の建物のうち、別紙図面(一)のニホヘハニの各点を順次直線で結んだ範囲内の建物部分五、二八平方メートル(別紙図面(一)の斜線部分)を収去せよ。

二  被告は、原告に対し、別紙物件目録(二)記載の土地のうち、別紙図面(二)のPETUPの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地部分〇、五六平方メートルに設置したコンクリート擁壁、基礎コンクリートブロック部分を収去して、右土地部分を明渡せ。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告の請求の趣旨

(一)  主文第(一)、(二)項と同旨

(二)  被告は、原告に対し、昭和五一年七月一日より主文第(一)項の建物部分を収去するまで一か月二万円の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は、被告の負担とする。

(四)  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

原告の請求をいずれも棄却する。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

(一)  建物部分の収去請求

(1) 原告は、別紙物件目録(二)記載の土地(以下「本件(二)土地」という)を、被告は、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件(一)土地」という)をそれぞれ所有し、右各土地は別紙図面(一)のEF点を直線で結んだ線(以下「北側境界線」という)を境界として相隣接している。

被告は、昭和五一年四月ころ、北側境界線から北方五〇センチメートルの距離にある別紙図面(一)のニホヘハニの各点を順次直線で結んだ範囲の土地部分を含む本件(一)土地いっぱいに、別紙物件目録(一)記載の建物(以下「本件(一)建物」という)の建築に着手した。

(2) したがって、本件(一)建物のうち、別紙図面(一)のニホヘハニの各点を順次直線で結んだ範囲内の建物部分の建築は、北側境界線から五〇センチメートルの距離を置かないものであるから、民法二三四条一項に違反する。

(二)  損害賠償請求

原告は、本件(二)土地上に、別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件(二)建物」という)を所有し、これを共同住宅として第三者に賃貸しているが、本件(一)建物の建築により、本件(二)建物のうち、北側境界線に面した部屋の採光、通風が著しく妨げられ、昭和五一年七月一日より借受人がなく、賃貸することのできない状況にある。

原告は、これにより、右部屋の賃料相当額である一か月二万円を下らない損害を受けている。

(三)  コンクリート擁壁等の収去土地明渡請求

被告は、別紙図面(一)のEP点を直線で結んだ本件(二)土地の東側境界線から西方に、その北端のE点において二・五センチメートル、南端のP点において七・五センチメートルにわたり右境界線を超えて、コンクリート擁壁、基礎コンクリートブロックを設置して所有し、別紙図面(二)のETUPEの各点を順次直線で結んだ範囲内の部分の本件(二)土地〇・五六平方メートルを占有している。

(四)  結論

よって、原告は、被告に対し、民法二三四条一項、二項に基づき、本件(一)建物のうち、別紙図面(一)のニホヘハニの各点を順次直線で結んだ範囲内の建物部分の収去及び昭和五一年七月一日から右建物部分の収去ずみまで一か月二万円の割合による賃料相当の損害金の支払い、並びに所有権に基づき、本件(二)土地上のコンクリート擁壁、基礎コンクリートブロック部分の収去土地明渡を求める。

二  請求の原因に対する被告の認否

請求原因第(一)項のうち、(1)の事実は認め、(2)の主張は争う。

同第(二)項のうち、原告が本件(二)土地上に、本件(二)建物を所有し、これを共同住宅として第三者に賃貸している事実は認め、その余の事実は否認する。

同第(三)項の各事実は否認する。

同第(四)項の主張は争う。

三  被告の抗弁

(一)  建築基準法六五条による民法二三四条一項の適用排除

本件(一)建物の敷地である本件(一)土地は、都市計画法八条に定める商業地域で、準防火地域内にあり、又、同建物は、鉄骨造三階建で、外壁が耐火構造のものであるから、被告は、建築基準法六五条により、本件(一)建物を、隣接する本件(二)土地との境界線に接して建築することが許されるものである。

そして、建築基準法六五条の規定は、民法二三四条一項の特則としてこれに優先する関係にあるものであるから、被告の本件(一)建物の建築は違法ではない。すなわち、建築基準法六五条の規定は、単に防火の見地からのみ認められているものではなく、健康で文化的な都市生活や、機能的な都市活動を確保するとともに、土地所有権に適正な制限を加えつつ、その地域全体の土地の合理的な利用を図るために、私的な相隣関係の規定を超えて設けられたものである。又、建築基準法が都市計画区域内の建築につき、外壁後退距離についての規定を設けているのは、境界線から一メートル又は一・五メートルの距離をおくべきであるとする第一種住居専用地域内の建物の場合(同法五四条)と、接境建築を認める防火地域または準防火地域内の建物の場合(同法六五条)のみであり、他の指定地域には何らの規定がないが、このことは、規定のない場合には民法二三四条一項の原則にまかせ、規定のある建築基準法五四条、同六五条の場合には、民法二三四条一項の適用を排除する趣旨であることを示すものである。

(二)  慣習による民法二三四条一項の適用排除

本件(一)土地は、国鉄東淀川駅から約五〇メートル、新大阪駅から約千メートルに位置し、都市計画街路の整備による発展の著しい商業地域、準防火地域及び都市再開発による区画整理事業が施行されている地域に属し、接境建築の方が多くなってきているといえる。したがって、本件(一)土地付近には、隣地境界線に接して建物を建築しうるという民法二三四条一項と異なる慣習があるというべきである。

四  抗弁に対する原告の認否並びに主張

(一)  抗弁第(一)項のうち、本件(一)建物の敷地である本件(一)土地が都市計画法八条に定める商業地域且つ準防火地域であり、又、同建物が鉄骨造三階建で、外壁が耐火構造となっていることは認め、その余の主張は争う。

同第(二)項の事実は否認する。

(二)  建築基準法六五条の規定は、私人間の生活関係を規律するために設けられたものではなく、専ら防火という公共的見地に立って、建築行政に関する公法として設けられたものであるに対し、民法二三四条一項の規定は、相隣する土地所有者間の多面にわたる相互の生活利益の調整を趣旨とするものであるから、防火地域または準防火地域においてのみ延焼防止以外の種々の相隣的生活利益を無視して、接境建築が許されるものではない。又、建築基準法六五条が、土地の高度、効率的な利用を図る趣旨に出たものであれば、防火地域又は準防火地域に指定されていない区域のうち、土地の合理的な高度、効率的な利用を図られるべき区域についても同様の規定を設けてしかるべきであるが、建築基準法にはそのような規定はない。いずれにしても、建築基準法六五条の規定は民法二三四条一項の特則として、これに優先する関係にあるものではないから、被告の本件(一)建物の建築は民法二三四条一項の制限を受けるものである。

(三)  本件(一)建物付近は、殆んどが二階建または平家建の建物であり、最近になって、公道に沿って建築された数少ない三階建以上の建物の中には、末端を公道に接する境界線から五〇センチメートルの距離をおかないで建築されたものもみられる程度である。ところが、本件(一)建物は鉄骨造三階建の建物であり、末端が公道に接していない北側境界線から五〇センチメートルの距離をおかないで建築されたものであって、このような建物について、接境建築が許されるという慣習は存在しない。

仮に、被告主張の慣習が存在するとしても、民法二三六条の注意は、社会及び相手方の不利益を考慮しても、なおその法的効果を認めるだけの合理的理由ある場合に限って、民法二三四条一項と異なる慣習に法的効果を与えようとするものであり、被告主張の慣習は、右の合理的理由がなく、社会規範としての効果は認められない。

第三当事者の提出、援用した証拠《省略》

理由

一  建物部分の収去請求について

(一)  原告が本件(二)土地を、被告が本件(一)土地をそれぞれ所有し、右各土地が北側境界線を境界として相隣接していること、被告が、昭和五一年四月ころ、北側境界線から北方五〇センチメートルの距離内にある別紙図面(一)のニホヘハニの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地部分を含む本件(一)土地いっぱいに本件(一)建物の建築に着手したことは、当事者間に争いがない。

右事実によれば、本件(一)建物のうち、別紙図面(一)のニホヘハニの各点を順次直線で結んだ建物部分の建築は、北側境界線より五〇センチメートルの距離をおかないものであるから、民法二三四条一項に違反するものというべきである。

(二)  そこで、被告の主張する建築基準法六五条による民法二三四条一項の適用排除の抗弁について判断する。

(1)  本件(一)建物の敷地である本件(一)土地が、都市計画法八条に定める商業地域で準防火地域内にあり、本件(一)建物が、鉄骨造三階建で外壁が耐火構造のものであることは、当事者間に争いがない。したがって、被告は、建築基準法六五条との関係においては、本件(一)建物の外壁を隣地境界線に接して建築することができるものといわなければならない。

ところで、民法二三四条一項と建築基準法六五条との関係についてみると、建築基準法六五条は防火という公共的観点から定められたものでありながら、同時に私人間の生活関係の規律に密着するものであり、一方、民法二三四条一項の規定は、接境建築の建物によって、隣地の採光、通風、隣地上の建物の築造、修繕の便宜、その他利用上の障害を与えないという相隣土地所有権者相互の土地利用関係を調整するために定められたものである。そうだとすれば、建築基準法により防火地域又は準防火地域として指定を受けた市街地内にある建築物で、その外壁が耐火構造のものについて、それだけで直ちに民法二三四条一項の適用が排除されるものではなく、土地の高度、効率的利用のために、民法二三四条一項が保護する前記相隣者間の生活利益を犠牲にしても、なお接境建築を許すだけの合理的理由、例えば相隣者間の合意とか、民法二三六条の慣習等がある場合に限ってはじめて、建築基準法六五条が民法二三四条一項に優先適用されるものと解するのが相当である。

(2)  そこで、本件の場合、接境建築を許すだけの合理的理由があるかについて判断する。

(イ) 《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められ、以下の認定に反する証拠はない。

(a) 本件(一)(二)土地は、国鉄東淀川駅から約五〇メートル、新大阪駅から約一〇〇〇メートルに位置し、商業地域且つ準防火地域内にあり、都市再開発のために区画整理事業が施行されている地域に属し、昭和四〇年ころから急速に発展してきた地域である。

(b) 本件(一)(二)建物付近は、殆んどが二階建または平家建の建物であり、最近になって、公道に沿って建築された三階建以上の建物の中には、末端を公道に接する境界線から五〇センチメートルの距離をおかないで建築されたものもみられるに至っている。

(c) 本件(二)建物は、木造二階建共同住宅の低層家屋である。これに対し、本件(一)建物は、鉄骨造三階建の中層建物で、末端が公道に接していない北側境界線から五〇センチメートルの距離をおかないで建築されたものであり、本件(二)建物が建築される以前の本件(一)土地上には、仮設の軽量鉄骨造のガレージ風の建物が、北側境界線から約一メートルの距離をおいて建築されていた。

(d) 被告は、昭和五一年四月ころ、原告の了解を求めることなく、本件(一)建物の建築に着手した。そのため、原告は、同年五月ころ、被告に対し、北側境界線から五〇センチメートルの距離をおいて本件(一)建物を建築するように求めたが、被告がこれを聞き入れなかったため、被告を相手方として、同年六月一八日、本件(一)建物の建築禁止の仮処分(大阪地方裁判所昭和五〇年(ヨ)第二〇〇二号)を申し立て、同月二九日、建築禁止の仮処分決定を得たところ、これに対する右仮処分の異議申立事件(同裁判所昭和五二年(モ)第三七四五号)において、昭和五四年二月二一日、右仮処分決定の認可判決を得、これに対する仮処分異議控訴事件(大阪高等裁判所昭和五四年(ネ)第三五一号)において、昭和五五年二月二八日、控訴棄却の判決を得た。

(ロ) 以上の事実によれば、本件(一)(二)建物付近においては、本件接境建築のように、末端が公道に接していない境界線から五〇センチメートルの距離をおかないで中層建物を建築することが許されるという慣習が存在するものと認めることはできないし、原被告間において、本件(一)建物を北側境界線に接して建築することを許す旨の合意もなく、その他接境建築を許すだけの合理的理由を認めることができない。他に、これを認めるに足りる証拠はない。

(3)  以上の理由により、被告の、建築基準法六五条による民法二三四条一項の適用排除の主張は採ることができない。

(三)  次に、慣習による民法二三四条一項の適用排除の抗弁については、本件(一)(二)建物付近には、民法二三四条一項と異る接境建築が許されるという慣習の存在が認められないことは前記認定のとおりであるから、これを採ることはできない。

(四)  以上の理由により、被告は、原告に対し、本件(一)建物のうち、別紙図面(一)のニホヘハニの各点を順次直線で結んだ範囲内の建物部分の収去義務があるというべきである。

二  損害賠償請求について

原告が、本件(二)土地上に本件(二)建物を所有し、これを共同住宅として第三者に賃貸していることは、当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、本件(二)建物で、被告所有の本件(一)建物に面している部屋は六部屋であり、本件(一)建物の建築により、右六部屋の採光、通風が従前より悪くなったこと、現在、本件(二)建物の右六部屋のうち五部屋が空室となっていることが認められる。

しかし、右事実から、直ちに原告が主張するように、被告の本件(一)建物が原因で、右各部屋の借受人がなくなったものと認めることはできない。他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

よって、その余を判断するまでもなく、原告の損害賠償の請求は理由がない。

三  コンクリート擁壁等の収去土地明渡請求について

原告が本件(二)土地を所有していることは前記認定のとおりである。

《証拠省略》を総合すれば、本件(二)土地と東側に隣接する被告所有の土地との境界線は、別紙図面(一)のEP点を直線で結んだ線であること、被告は右境界線から西方に、その北端のE点において二・五センチメートル、南端のP点において七・五センチメートルにわたり右境界線を超えて、コンクリート擁壁、基礎コンクリートブロックを設置して所有し、別紙図面(二)のETUPEの各点を順次直線で結んだ範囲内の原告所有の本件(二)土地〇・五六平方メートルを占有していることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、被告は、原告に対し、本件(二)土地上のコンクリート擁壁、基礎コンクリートブロック部分を収去して、右土地の明渡義務があるというべきである。

四  結論

以上の理由により、原告の本訴請求は、民法二三四条二項に基づく本件(一)建物中、別紙図面(一)のニホヘハニの各点を順次直線で結んだ範囲内の建物部分の収去、並びに土地所有権に基づく本件(二)土地上にあるコンクリート擁壁、基礎コンクリートブロック部分の収去土地明渡を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用し、仮執行宣言の申立については相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福永政彦 裁判官 小野剛 青野洋士)

<以下省略>

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